本書は、戦後アララギの枢要を歩み、後に新アララギを率いて、平成二十三年に九十歳で他界した宮地伸一の秀歌を、鑑賞・解説した雁部貞夫渾身の著である。
まず宮地の生涯を四期に分けてラフスケッチした冒頭の短文が目を引いた。宮地の歩んだ道、作歌の推移など、歌人としての全体像が端的明瞭に記されており、深く印象に残るものであった。
続いて、宮地の最も若い時期、即ち二十二歳で出征した頃から、年次に沿って作品を取り上げ鑑賞しているのだが、その筆致がまことに魅力的である。行き届いた時代考察のもと、宮地の実生活、短歌観、歌風の特色などが手にとるように語り継がれてゆくのである。そして要所要所では、宮地の師であった土屋文明が語られ、同時代に活躍したアララギの歌人群像が綴られている。
追って、本著には、昭和期の三歌集『町かげの沼』『夏の落葉』『潮差す川』の中から秀歌が抄出されているが、宮地の作品を、多元的に捉えようとする雁部の姿勢は終始一貫している。
本書を通読すれば、宮地が生きた時代、大結社アララギの空気を肌で感じながら、宮地が残した秀歌一首一首の味わいを汲み取ることが出来るだろう。
加えて、宮地に最も近かった雁部にしか書き得なかったであろう貴重な内容も、全編にわたって散りばめられている。例えば宮地の山行、考証好き、百名山の深田久弥、フォークシンガーさだまさし、早世した妻康子のこと等々である。
私は本書を通して、宮地の作品を深く正しく味わうことが出来たし、宮地の詩性の由縁や作歌力の源泉を感じ取ることができたのであった。
願わくば、平成期の「宮地伸一の秀歌」についても書いてもらいたいものだ。
(現代短歌新聞2020年7月号掲載)