現代短歌社

運ぶ眼、運ばれる眼

今井恵子

運ぶ眼、運ばれる眼

gift10叢書第44篇

第9回佐藤佐太郎短歌賞

つきるまで歩くほかなしビルの間を蟻の眼をたずさえ歩く

眼は視ることに飽きている。視なければ歌えないことに辟易している。そんな眼に、今井恵子は揺さぶりをかける。あるときは、眼の佇む場所を、時間の大きな流れのなかで相対化する。あるときは、都電に、自転車に、ひかり号に、船に、熱気球に、モノレールに、眼は空間を運ばれてゆく。眼は自由になりえたか。歌は何を超えようとしたのか。

「眼の移動」について考えた作品を一冊にすることとした。目の移動は、つまり散歩をしながらの嘱目である。(略)地を歩く自分と、交通手段に身を委ねている自分では、風景や人や音や匂いに対面する心の動きが違う気がする。作歌によって、何かの納得が得られるかもしれないと思ったのである。突き詰めれば、自分とは何かということなのだろうが、突き詰めるのは苦手である。(「あとがき」より)

  • 定価:2,970円(税込)
  • 判型:四六判ソフトカバー
  • 頁数:228頁
  • ISBN:978-4-86534-389-2
  • 初版:2022年7月22日
  • 発行:現代短歌社
  • 発売:三本木書院(gift10叢書第44篇)

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BR書評 Book Review

短歌を乗り回す 土井礼一郎

 タイトルにある「眼」とは、もちろん作者の眼ということになるだろう。「Ⅰ 土を踏む」「Ⅱ 運ばれる眼」の二部構成。異色の歌集である。
・国連軍のバスに乗り換え二回目の旅券審査にバス内しずか
・よく読んで署名をせよと宣言書「危害をうける又は死亡する可能性があります」
 「Ⅰ」は、五浦、武蔵五日市、姨捨といった旧跡をめぐる連作を九編おさめるが、朝鮮半島の分断を象徴する板門店に取材した一連はひときわ異彩を放つ。多くの歌には簡潔な説明が加えられ、詞書と歌というふたつのチャンネルから発せられる、ときに威圧的な言葉の繰り返しが読者の緊張をもエスカレートさせていく。「Ⅱ」は乗り物に取材する連作の集合で、都電荒川線・自転車・熱気球・モノレール等を詠む。次の二首は「神田川クルーズ」より。
・青空に突起現れそこを過ぎ「土地活用」の看板も過ぐ
・外様なる大名普請の石橋ぞ「航行注意」「頭上制限有」
 荒いスケッチのような情景描写と、字余りにも頓着しない看板の引用とが、舟のスピードを伝えている。そういえば板門店の歌も、字余りで引用される警告文が、緊張を実によく再現していた。
・球形はこよなきものよ果てもなく自転公転地球に乗って
 乗り物詠の最後に「地球」の一連がくるのは作者なりのサゲということだろう。作者がそこまで「乗る」ことにこだわるのは、結局のところ、われわれ歌人が始終乗り回す乗り物――「短歌」の寓意としてなのではないかと思えてくる。作者の運転に身をゆだね板門店へも、五日市にも姨捨にも、そしてその地の歴史と情念にもいざなわれていく。乗り続け、見続けながら、結局は短歌を突き詰めた一冊である。

(現代短歌新聞2022年10月号掲載)

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