現代短歌社

撤退

小松昶

撤退

gift10叢書第33篇

コロナウイルス蔓延の前から病院は戦場であった。
医師の撤退は患者を見捨てることに他ならない。
だが、撤退しなければ、ときにみずからが深い傷を負った。
大学が派遣医師の撤退を決めれば、壊滅的な打撃を被った。
長年、麻酔科医として働いた著者の苦悩が凝縮する第三歌集。

  • 口きかず咳もなさざる亡骸に触れてならぬか消毒するに
  • 集中治療の要【かなめ】は麻酔科と執拗に撤退回避を院長迫る
  • 幾万の手術の麻酔を担ひしが吾を覚ゆる幾たりありや
  • 定価:3,080円(税込)
  • 判型:四六判ハードカバー
  • 頁数:244頁
  • ISBN:978-4-86534-348-9
  • 初版:2020年12月4日
  • 発行:現代短歌社
  • 発売:三本木書院(gift10叢書第33篇)

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BR書評 Book Review

時局のレリーフ 大森悦子


 麻酔科医として、長年働いてきた作者の第三歌集。巻頭に「新型コロナウイルス・パンデミック」を置く。
・高気密マスクに麻酔を始むるに次第に息の苦しくなりぬ
・気管挿管せむと大きく息づけばフェイスシールドたちまち曇る  
・パリパリと納体袋は音を立てコロナに逝きし人を呑み込む
 医療の最前線で働く緊張感、使命感、葛藤をリアルに伝える。この新しい感染症との戦い以前から、現場が抱える課題に対峙してきた。
・詫びながら身ごもりしことを打ち明くる頼みとなしゐる一人の女医は
・応へなく眠り続くる老い人の真の願ひを誰も知らざり
・手術増えねば急性期病院は立ち行かぬと院長室に吾が迫らるる
 対象を的確に捉えることを作歌の習慣として掌中に収めている作者である。その提示する世界には、光があり、ふかく印象に残る。
・黄緑に淀める第二寝屋川に花は散りゆく光したがへ
・人の目に触れしことなき胆嚢のラピス・ラズリのごとき光沢
・明けてゆく生駒のなだり反射して吾を照射する一点のあり
 また、家族、歌の師、職場を、心を尽くしながら直情的でなく、冷徹に詠むのもこの作者のスタイルだ。
・納骨と一周忌法要取りやめて見通し立たぬを亡き母に詫ぶ
・拠りて来し細川選歌欄閉ぢしとき「未来」をやめるなと諭し給ひき
・集中治療の要【かなめ】は麻酔科と執拗に撤退回避を院長迫る
・子宮頸癌ワクチン受けよと仕送りを増ししが娘より音沙汰のなし
 『撤退』のタイトルが時代に刺さる一冊である。

(現代短歌新聞2021年2月号掲載)

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