現代短歌社

立山連峰

島田達巳

立山連峰

雪深い国から出郷した青年は、「三つの職種と五つの職場」(あとがき)を移りながら、社会的なキャリアを築いていった。いわば立身出世を果たしたのだが、島田さんの歌にはそういう成功者にありがちの嫌みがない。ここに引いた歌に笑まずにはいられないのだが、盗みたいという衝動の走った後ろ暗い記憶。おずおずと友の煙草ケースに手を伸ばすうしろめたさ。小心なところもあるのだろうと思うが、それらを何の邪気も無くみずからの上にうべなう。島田さんのこころの生地にはそういう素直さがある。(阿木津英「跋」より)

  • 学会の研究発表ある朝は不安がよぎる七十歳(ななじゅう)のいまも
  • たばこ絶ち一年を経ておずおずと友の煙草箱(ケース)に手を伸ぶる夢
  • 終戦後盗りたくなるほど欲しかりしバナナひと房百円に買う
  • 定価:2,750円(税込)
  • 判型:四六判変型ソフトカバー
  • 頁数:230頁
  • ISBN:978-4-86534-247-5
  • 初版:2019年1月29日
  • 発行:現代短歌社
  • 発売:三本木書院

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BR書評 Book Review

新たなるスタート 松村正直

 七十歳で退職して短歌を始めた作者の第一歌集。
・上司より「名刺は顔だ」と教わりて溜めに溜めたる二千五百枚
・積み上げて一枚一枚読み返し焚火の中に名刺を投げる
 現役だった頃の名刺を処分している場面である。まずは「二千五百枚」という枚数に驚かされる。そこに記された一人一人の顔を懐かしみながら、一枚一枚火にくべる。人生の大きな区切りだ。
・背泳ぎをしつつ見ている天窓は二往復の間に晴れわたりたり
・コルヴァッチ展望台行きロープウェー百人乗りにて犬も乗り込む
 退職後に「短歌、水泳、囲碁、旅行等」を始めたと、あとがきにある。プールの天窓を見上げて泳ぐ時のゆったりとした時間の流れ。二首目はスイスの標高三三〇〇メートルにある展望台。「犬も乗り込む」が楽しい。
・浸りつつなかばまどろむ湯面【ゆおもて】に脚を動かす蚊が一つ浮く
・新緑のメタセコイヤに抱かれて雛の鴉の頭がのぞく
・船室のクローゼットの片隅に埃つきたる救命衣二つ
 作者の歌の特徴である観察眼がよく発揮された歌を挙げた。一首目は湯船に落ちてもがく蚊の様子。二首目は木の枝に架かる鴉の巣からのぞく雛の姿である。三首目は「埃つきたる」という描写に現実感がある。
・雲間より春雪かむる立山の頂は見ゆ六十年経て
・家持の詠みにし山の立山は朝の光に迫りきたれり
 巻頭の「立山連峰」十四首は、作者が久しぶりに故郷の富山を訪れた際の歌。少年時代に見た立山連峰の雄大な景色は作者の人生を深い部分で支え続けたのかもしれない。表紙の白と水色の二色を銀色の折れ線が分かつ装幀も、山並をイメージさせて印象的だった。

(現代短歌新聞2019年4月号掲載)

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