第一歌集『軽風』から遺歌集『黄月』まで全十三冊の歌集を読みながら、佐藤佐太郎の生涯と歌の変遷を描き出した本。長年、佐太郎に師事した著者だけあって、「歩道」の記事をはじめ佐太郎関連の文献を渉猟し、歌の背景や特徴を一つ一つ丁寧に解き明かしている。
・対岸の火力発電所瓦斯タンク赤色緑色等の静寂 『群丘』
例えばこの歌については「江東区の埋立地有明から、対岸に位置する豊洲の旧東京電力火力発電所及び東京ガスの球形タンクを見たところ」という詳しい説明がある。豊洲と言えば、現在、築地市場の移転問題で話題になっている場所だ。
・海面の白波みればおもむろに青淡く顕ちてその波終る 『冬木』
この歌については飛行機から見た風景との説明に続けて「「おもむろに」など「虚」の言葉が積極的に働いており、さながら波の動きを見ているように顕然と対象が捉えられている」という鑑賞がある。こうした言葉の働かせ方は佐太郎短歌の本質に関わる部分と言って良いだろう。
他にも「短歌は本来的に主体と客体が融合した世界、主客合一に向かうべきものなのである」「対象の本質を見つめ捉えた真正の詩には、些事と大事の境が無い」など、佐太郎の歌について考える際に大事な指摘が随所に見られる。
少し気になったのは、「自註に加える言葉が殆んど無い」など、佐太郎の自歌自註に頼る部分が多いこと。作者自身も気付いていない部分が作品には滲み出るので、そこにまで踏み込んで解説して欲しかったと思う。
著者は昭和五十四年から実に三十七年という歳月をかけて、この本を書き継いできた。全五三八ページにわたる、まさにライフワークと呼ぶべき労作である。
(現代短歌新聞2017年10月号掲載)