現代短歌社

靴紐の蝶

畑中秀一

靴紐の蝶

第9回現代短歌社賞佳作の著者の第一歌集。
「脳裏に浮かび上がってくるのは、生身の作者の姿というよりは、ビジネスマンの一つの典型というべき某氏である。著者は題材を取捨し、一個人としての自分ではなく、自分を通してビジネスマンの典型的な人物像を浮かび上がらせようとしている。」安田純生

  • 朝とらえ夜とき放つ靴紐の二匹の黒き蝶を飼う日々
  • 半玉のキャベツを買いぬこの街の誰かと今宵分け合いたくて
  • 我もまたその一人にて地下鉄の二分遅れに腕時計見る
  • 肉じゃがの名前に入れてもらえない玉ねぎが好き 私のようで
  • 母逝きしのちの五月もアマゾンの母の日ギフトの案内は来ぬ
  • 定価:2,750円(税込)
  • 判型:四六判ソフトカバー
  • 頁数:160頁
  • ISBN:978-4-86534-403-5
  • 初版:2022年8月30日
  • 発行:現代短歌社
  • 発売:三本木書院

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BR書評 Book Review

ONとOFF 松村正直

 「白珠」に所属する作者の第一歌集。
・秋晴れのムンバイ支店のオフィスにて出されるままにまたチャイを飲む
・オフィスビルの朝のロビーに流れてる鮮明すぎる鳥のさえずり
・朝とらえ夜とき放つ靴紐の二匹の黒き蝶を飼う日々
 インドへの単身赴任に始まって、仕事に関する歌が多い。仕事そのものというよりも、会社員である自らのありようを繰り返し描いている。
 タイトルになった「靴紐の蝶」はビジネスシューズの紐の形で、これが仕事のONとOFFの切替を象徴している。
 けれども、会社員としての自分とプライベートな自分を明確に分けられるはずもない。両者は常にせめぎ合い、まじり合う。機械音の「鳥のさえずり」ではやはり心が満たされないのだ。
・一週間遠回りする朝の道さくら咲き初め咲き終わるまで
・靴ひもの蝶の行方をオフィスから海へと変える或る朝のこと
・ようやくの隠居ぐらしに「支店」から「枝」へと戻す「branch」の訳
 桜の花を見るために通勤の道順を少し変えたり、ビジネスシューズを履いたまま海へ出掛けたりする。そんなふうに心のバランスを取りながら、四十年に及ぶ勤めを続けてきたのだろう。退職した作者が今後どのような歌を詠んでいくのかも楽しみだ。
・あじさいを食べてきたのか紫に黒光りせり梅雨のカラスは
・島国というは知りつつ「島民」とは思わざるまま本州に住む
 気づきや発見の印象的な歌も多い。カラスは真っ黒ではなく実際には複雑な色をしているし、私たちの多くは「島民」という意識のないまま日本に暮らしている。こうした認識の鋭さも作者の持ち味と言っていい。

(現代短歌新聞2022年11月号掲載)

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