現代短歌社

微風域

門脇篤史

微風域

gift10叢書第19篇

第6回(平成30年度)現代短歌社賞
第26回(令和2年度)日本歌人クラブ新人賞
第13回(令和2年度)日本一行詩大賞新人賞

新自由主義と言われる格差社会のなかで、魂の深いところを傷つけられている者たちの、泌み出るような思いがここに実現されている。阿木津 英 (「栞」より)

  • 側溝に入れなかつた雨たちがどうしやうもなく街をさまよふ
  • 権力の小指あたりに我はゐてひねもす朱肉の朱に汚れをり
  • 定価:2,750円(税込)
  • 判型:四六判ハードカバー
  • 頁数:192頁
  • ISBN:978-4-86534-261-1
  • 初版:2019年8月11日
  • 発行:現代短歌社
  • 発売:三本木書院(gift10叢書第19篇)

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BR書評 Book Review

言葉という付箋 松村正直

 この歌集には「付箋」を詠んだ歌が何首かある。
・内線にあなたのこゑを聴いてゐる青き付箋にメモを取りつつ
・一枚の付箋をけふに貼りながらセブンスターに火を着けてゐる
・来年の夏がきちんと来るやうに使ひ古した付箋を貼りつ
 一首目は職場で使う事務用品としての付箋。大きさもいろいろあるので、こんなふうにメモ用紙代りに使うこともある。二首目は比喩的な意味の付箋で、今日という日に目印のように貼り付けて記憶に刻み込むのだ。三首目の付箋は比喩とも現実とも読めるが、付箋を貼ることで時間の流れや季節の区切りが確かなものになるのだろう。
 こんなふうに「付箋」は様々な意味を伴って歌集の中に現れる。作者にとっての短歌もまた、この付箋のようなものなのではないだろうか。
 仕事や食事や日常のディテールが丁寧に詠まれた歌集であるが、その背後には妻との関係性という問題が潜んでいる。
・いま妻は祈りのやうな体勢でヨガをしてをり自分のために
・子をなさぬ理由をけふも問はれたり 梅雨の晴れ間に散歩に行かう
・子を成すを恐るる我と恐るるに倦みたる妻と窓辺にゐたり
 一首目は結句が印象的で、自分だけの世界に没入している妻との距離感が滲む。子を欲しがる妻と子をなすことを躊躇う作者との気持ちのすれ違いは、次第に深刻さを増してくる。終盤の連作「風を」は妻と一緒にライブに行く場面を詠んでいるが、もう二人の間の距離は埋めようがない。
・雲間から舞ひ散る付箋のいくつかがあなたの未来につきますやうに
 巻末の一首にも「付箋」が登場する。空から降る光のような付箋のイメージには、相手の幸せを願う祈りが込められているのかもしれない。

(現代短歌新聞2019年11月号掲載)

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